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2017/08/19 (Sat)
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2011/07/19 (Tue)
友人の お祖父さんの死に関する手記を読んで 涙がとまりませんでした

私の祖父は 昨年桜を見る前に亡くなり あの辛い日からもう一年半もたったのかと思い出しました

今の私は 祖父が居なかったら違う私だったでしょう
祖父は愛情表現をすることがとても不得手な人でした
一緒に住んでいたのに 祖父の膝に抱かれた思い出がありません
その分 新潟にいるいわゆる「じいちゃん」のもう一人の祖父にとても懐いていました
でも 愛情は すぐ目に見える形で現れてくるものでもないということを 一緒に住む祖父から教えてもらった気がします

祖父は 誰よりも誰よりも 私が目指す職業に対して応援してくれていました
心から 心の底から
薄っぺらな気持ちというのは大概分かります
あ、この人の気持ちは本物だ・・・
ツーンと心に響いたとき それがどれ程わたしに力を与えてくれるのか、その時はわかりませんでした

そのことに気づくきっかけとなった大学時代の恩師の言葉
「強く見える人は、その人が強いのではありません。周りからの信頼や思いに支えられているのです。それがその人を強く見せるのです。」
あの受験勉強時代・・・家を出て一人暮らしをしたい!という強い思いで駆け抜けたと思っていましたが ベースに祖父の揺るぎない支えの気持ちがあるからこそ わたしは乗り越えられたんだと今は思います

大学に合格した折には 「お前の学費などは全て私が面倒をみる」と言って
うちの家計をかなり助けてくれた祖父
そのお陰で本当に色々な経験をさせてもらいました
大学に入って数年後 難治病の一つであるパーキンソン病と診断され
歩くことから始まり 次第に着衣も困難になって・・・
それでも なるべく自分の力で行動しようとする祖父の姿はすごかった

仕事柄 同じ病気の方を目にします
次第に色々なことができなくなってくると 意欲も失せてくるのが人というもの
「じいちゃん もう上着を着れなくなっちゃったよ」とたまに弱音を吐くことがあっても
ヘルパーさんに全て委ねるのではなく 出来るところまでは自分でやっていく姿は勇姿とさえ言えるでしょう
そして それは最後まで続いたのです

地獄のように毎週行われた卒業試験とその後の国家試験
無事に乗り越えて得た国家免許
まっさきに見せたいと思ったのは祖父でした

まだ研修中の身
もう少し修行して おじいちゃんに一人前の姿を見せたかったな

おじいちゃん 教えてもらった玄関先の靴をそろえる習慣、今でも続いてます
おじいちゃん 妄想が出てきている時でも身の回りを綺麗にしていましたね、見習い中です
おじいちゃん 肺炎苦しかったね、今は楽に呼吸できていますか?
おじいちゃん 私がそっちに行くのはもうちょっとかかりそう、応援しててください!


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